げってなあに?」
「波が高いから、漁夫《りょうし》達を集めて船をずっと陸の方へ引上げるんです。姉さんはそんなことも知らないんですか、通《つう》ぶってるくせに。」
 やりこめられたことも知らないで、姉はただ不安そうに眼を見張った。
「そんなに波が高いかしら。……いやな音ね、難破船でもありそうな。」
「あるかも知れませんよ。」
 ランプの光りが妙に薄暗く思われた。
「今にこのランプの光りが暗くなってくると、海坊主がのっそりとはいって来るかも知れません。」
「馬鹿なことを仰言い。海坊主なんていうものが居るものですか。」
「居りますとも、現に見た者があるんです。」彼は口をつんと尖らしてじっと姉の顔を見つめた。「夜遅く漁から帰ってきますとね、俄に海が荒れ出して、それを乗りきってゆくうちに、人間の形をした真円い山が向うに聳えているんです。然し一日のうちにそんな山が出来るわけはありません。こいつ怪しい奴だなというので、船頭達は力一杯櫓を押しながら[#「押しながら」は底本では「押しなから」その真中目がけて船を乗りかけたものです。すると、山の中を船がすーっと抜けた、山は後ろにやはり聳えてるんです。船頭達
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