「そうですね。」
 事もなげに答えてから、彼はまたにこにこしながら私の方をじっと見つめてきた。
 私は変に気圧《けお》された心地になって、てれ隠しに煙草を吸い初めた。そこへ、お光が銚子を持ってきた。
 彼女はいつにない鹿爪らしい顔をして、二三歩離れた所につっ立って、不思議そうに私達の様子を見比べた。
「まあ坐ったらいいじゃないか。」
 返辞に迷ってる彼女の様子を見て、私は急に一瞬前の気まずさから脱して、却って可笑しな愉快な気分になった。
「おい杯をも一つくれよ。この人は僕の旧友だったんだ。それを今思い出したってわけなんだ。」
「杯ならありますよ。」
 そう云って彼は無雑作に立上って、初めの自分の席から杯と飲み残しの銚子までも取って来た。その間に私はお光へ云った。
「大丈夫だよ、黙ってるから……。」
 笑っていいか取澄ましていいか分らなそうな顔付をして、お光が私達の側に腰を下ろすと、私は向うの女達へも呼びかけた。
「おいみんな来てごらん。隅っこに引っこんでばかりいないで。」
 エプロンをつけた四人の女達が並んだ中で、彼はにこにこしながら黙って酒を飲み初めた。が不意に、唄を一つ歌おうと云
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