じきにおしまいにするよ。」
「いえ、まだいいのよ。」
お光が向うに行って、他の女達に何やら囁いて、銚子を取りに奥へはいっていった間、私は煙草に火をつけて、かるく煙を吐きながら、青年の方をじっと眺めやった。すると彼も私の様子を見て取って、さも友人にでもめぐり逢ったかのように、露わににこにこ笑いかけてきた。私も仕方なしににっこりとしてみせた――というより寧ろ、彼の笑いに引入れられたような工合だった。そして一寸、後の始末がつかないといった風な、変梃な時間が続いたが、その時、ぼーんと一つ彼方の天井下で、掛時計が一時を打った。
助かった、という気持で私は眼を外らして、時計の方を仰いだが、その瞬間に、彼は立上って、よろよろした足取りで私の方へやって来た。
「暫くでした。」
何の奇もない普通の挨拶だった。
「暫く。」と私も機械的に応じた。
「其後如何です。」と彼は重ねて云った。
「え。」
「球《たま》は……。」
よく覚えてるな、と私は思って、ただ笑みを浮べたが、彼はもうにこにこ笑いながら、私と向合って腰を下ろしていた。
「これから二三ゲームやりに行きましょうか。」
「でも、もう一時だから。」
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