人でにやにやしてて、どうも可笑しいのよ。」
「なあんだ、そんなことか。それじゃ僕も今にこにこしてたから、変なののお仲間だね。君だってよくにこにこしてるじゃないか。」
云われてからにっこり笑ったが、またすぐに真顔になった。
「いいえ、ほんとに変なんですよ。先刻《さっき》ね、一人で酒を飲んでるうちに、ふいに大きい声で泣き出してしまったのよ。他にも七八人お客さんがいたのに、その人前も構わずに、随分長い間泣いてたのよ。はたから何と云っても、まるで聾のように返辞一つしないで、ただしくしく泣いてるんでしょう。弱っちゃったわ。それから、こんどはあんなに、にやにや独り笑いをしだして、その笑い方がまた変なんでしょう。気がどうかしたんじゃないでしょうか。」
「だって、ここへ時々来る人だろう。」
「ええ、何度かいらしたわ。それに今から考えると、いつもにやにやしてて、何だか普通と違ってたようなんですよ。」
「じゃあ狂人《きちがい》かね。」
「だと困るわ、気味が悪くて……。」
「なに大丈夫だ、狂人だったら僕が引受けてやる。笑い上戸の狂人なんか僕は大好きだよ。その代り熱いのをも一本頼むよ。……あ、もう一時だね。
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