ないんです。」
「だって、あたし、ありのままを書いただけですの。」
「わたしはあれを見て、はっと思って、じっとしておれなくなって、無理に出かけて来たんです。すると……。」
「またそんなこと。……ほんとに嬉しかったんですもの。お目にかかるまでは、どうしても本当だという気がしなくて、何だか夢のように思えたんですの。停車場へ行ってもまだぼんやりしていましたわ。」
「そしてふいに眼がさめたんでしょう。わたしもほんとに嬉しかった。あなたの笑顔を見ると、喫驚するほど嬉しかった。」
「だけど、不平を仰言ったじゃありませんか。」
「冗談ですよ。……あなたが今にも死にそうな顔をしていたら、わたしまで、どうしていいか分らなくなるところでした。」
「じゃあ、あなたも……。」
「え。」
「そうよ、屹度。……ね、そうでしょう。」
「いいえ、嘘です。わたしは今、全く別なものを求めています。何かこう晴々としたもの、飛び上りたいようなものが、一番ほしいんです。昨日、停車場のことを覚えていますか。」
「停車場で……。」
「あなたは、歩廊《プラットホーム》の柱の影に、ぼんやり立っていました。はいってくる列車の方に眼を向け
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