ながら、実は何にも見ていないような眼付で、顔をうつ向け加減にして、まるで、人を迎える者のようではなく、野原の中にでも一人でつっ立ってるような風でした。そしてわたしが近づいてゆくまで、人込の中に、同じ姿勢でぼんやりしていたでしょう。わたしはそれを見て、非常に淋しい気持になって、そっと近寄っていって声をかけました。するとあなたは、夢からさめたような風に、一寸の間きょとんとして、それから急に、ぱっと微笑んで、にっこり笑ったじゃありませんか。私は喫驚して、それから急に、嬉しくてたまらなくなったんです。だから、あんなことをしてしまったんです。その……何と云ったらいいんでしょう……やはり、夢から覚めたばかりのぱっとした微笑みというか、魂が飛び上ったような微笑みというか、それが、わたしの心を掴み去ってしまったのです。」
「掴み去るって、そんな……。」
「いいえ、そうです。何だか、真暗な室の中から、明るい日向に出たような、そんな風な感じでした。何もかもが、ぱっと輝り渡ったのです。あなたの中に、というか、わたし達の間に、というか、とにかくどこかに、そうしたぱっと輝くものがあるんです。」
「それもすぐに…
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