]糸ででも出来てるような、あるかなきかの半透明な膜が被さっていた。額に手をやると、骨のしんまで伝わってくる底知れぬ冷さだった。
 けれども、顔に白布を被せて、少し遠退いて眺めていると、やはり、死体は今にもほーっと息をしかかってるかのように見えた。母親もじっとその方を眺めていた。
 そして長い時間がたっていった。何かをしきりに考えているようなまた何にも考えていないような、忘我の気持に落ちこんでいった。それからふと気がつくと、いつのまにか、東の窓掛の隙間から、赤々とした光がさしていた。見るまにそれが輝かしい光線となって、室の中を横ざまに流れた。
 嘗て見たこともない赤い晴々とした光線だった。それが、陰気にむすぼれ淀んだ病室内の空間に、くっきりと浮出して、東の窓掛の隙間から西の壁の面へ、横ざまに流れていた。その下の暗がりに、死体は静に横たわっていた。もう息をしそうにもなく、固くこわばってしまっていた。
 全く死んでしまったのだった。死んで消えてしまったのだった。其処に横たわってるのは、もう彼ではなく、ただ骨と肉との冷たい物質だった。その上の空間に、一筋の朝日の光だけが、如何にも晴れやかに輝か
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