、規則的な車輪の響き、而も安らかな静寂……ぽつりぽつりと、降るとも見えぬ雨脚が、窓硝子に長く跡を引いていた。
 汽笛が鳴ったようだった……が空耳かも知れなかった。凡てが妙に落付き払っていた。変だな……と頭の遠い奥で考えてると、汽車は速力をゆるめていた。ごとりと一つ反動をなし止った。
 停車場でも何でもない野の中だった。と不意に、乗客の一人が立上って、窓から頭をつき出して覗いた。それが皆に伝染して、次々に窓から覗き出した。他の車室の窓からも、ずらりと乗室の顔が並んでいた。
 機関車に近いところから、車掌と火夫とが二人降りてきた。列車の下を覗きこみながら、だんだん後部へやって来た。轢死人……という無音の声が、どこからともなく皆の心に伝わってきた。
 車掌と火夫とは、やがて立止った。そして一寸何か囁き合った。すると火夫は、いきなり列車の下に屈み込んで、両手を差伸したかと思うまに、ずるずると大きなものを引張り出した。……白足袋をはいた小さな足、それから、真白な二本の脛、真白な腿、それから、黒っぽい着物のよれよれに纒いついて臀部、それから……腰部でぶつりと切れていた。四五寸ほどにゅっ[#「にゅっ
前へ 次へ
全24ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング