穏かな内海、ゆるやかな海岸線、白い[#「白い」は底本では「自い」]砂浜、粗らな松林、それらの上に、澄みきった秋の光が降り濺いでいた。沖は平らに凪ぎながら、砂浜にさーっさっと音を立ててる波打際を、さくりさくりと歩いていった。人の姿も殆んど見えなかった。
そして五六丁行くと、遙か彼方の汀に、一かたまりの人立がしていた。松林の中から、出たりはいったりしてる者もあった。それが、広い海と長い浜辺とを背景に浮出して、夢のように静かだった。
近づいて行くに随って、物の様子がはっきりしてきた。何かを真中にして、一群の人々は円く立並んでいた。松林の中から、なお一人二人ずつ出てきて、その円陣に加わっていった。その真中のが、波に打寄せられ引上げられた、水死人だった。
水死人は波打際から二三尺のところに、仰向に転っていた。濡れた古蓆が一枚上に被せてあった。蓆からはみ出してるのは、額から上の頭部と、膝から下とだけだった。長い髪の毛が、磯に打上げられた海藻のように、毛並を揃えながらうねりくねって、変に赤茶けた色をしていた。膝から下はむき出しで、紫色にふくれ上っていた。押したら風船玉のように破けそうなほど、薄
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