たの手紙をみな持って出たんです。そして、夜中に、汽車の中で、一つ一つ読み返しては、小さく引裂いて、みんな窓から投げ散らしてきました。」
「………」
「なぜ泣くんです。泣いちゃいけません。……その手紙の切れが、ちらちらと飛んで、闇の中に消えてゆくのを見て、わたしは胸が一杯になって、涙を落しましたが……。」
「………」
「なぜそう泣くんです。……そんなつもりでわたしは云ってるんじゃありません。今はもう別な気持で云ってるんです。」
「………」
「そうでなけりゃ、こんなことをあなたに話しはしません。誤解しちゃいけません。」
「いいえ、嘘、嘘よ。自分で自分をごまかして……。」
「ごまかしてやしません。こんなに笑ってるじゃありませんか。……どうしてそう泣くんです。」
「あたし、嬉しいの。」
「え。」
「やっぱりそうだったわ。」
「いいえ、違うんです。……わたしは何だか、眼の前がぎらぎらしてきて、丁度……この木影から、日の照りつけてる中に出たような気持なんです。泣いちゃいけません。ね、日の光をごらんなさい。眼がくらむように照りつけている……。」
丘から遠くに見下せる、白々と横たわってる街道の上を、兵隊が通っている。一寸見れば、暗褐色のうねうねとした一列だったが、それが、劒をかずぎ背嚢を荷った兵士の縦列で、ところどころに、隊側についてる将校の剣が、きらりきらりと光っていた。先頭も後尾も分らず、際限もなく引続いて、一寸した木立や村落の間にうねってる街道の上を、静に……蟻の這うように押し動いていた。丁度自働人形の玩具の兵隊のように、どれもみな四角ばった一様な姿勢で、手足を機械的に一様に動かしていた。
何かしら或る大きな力……機械的な力に、支配されきってるような行列だった。そして恐らく、声一つ立てる者もなく、片足踏み違える者もなく、粛々として永遠に歩き続けてるのに違いない、と思われるような行列だった。それが、ぎらぎらした日の光の中に、くっきりと而も遠く浮出していた。
と、不思議なことには、列の中の一人が、棒切でも倒すように、前のめりに倒れ伏した。列が少し彎曲して、倒れた一人をよけて進んでいった。列の切れ目らしいところに、黒く一塊になってる一群が、倒れた兵士をとりかこんで、暫く立止って、拾い取って運んでいった。
そういうことが幾度かくり返された。然し縦列はどこまでも続いてるらしく
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