。その姿を見ると、彼は急に狼狽したような気持ちになって、また床の中にはいった。
「こんなに早くから起きてたりなんかして、大丈夫なのかい。」
「うむ、もういいんだ。それに僕にとっては早朝でもないんだからね。」
瀬川は縁側《えんがわ》から上って来た。
「海に行って来たがいい気持ちだね。君も外を歩けるように早くなり給えな。」
瀬川は頬に生々《いきいき》とした血を通わして、喫驚《びっくり》したような大きい眼をしていた。
「君、今日は晩までいいんだろう。」と彼は云った。
「いや、いつも余り長く邪魔《じゃま》してもすまないから……、それに今日は少し用もあるので、九時ので帰ろうかと思っている。」
「然し大した用でもないんだろう。」
「大した用というほどでもないが。」
「ではせめて昼御飯でも食べていってくれないか。僕は一人で淋しすぎる位淋しいんだから。僕は黙ってるかも知れないが、それでよかったら、せめて午頃までこの室に寝転んでいってくれない?」
瀬川は黙って彼の方を見た。
「黙っててもいいんだろう。」
「ああそれの方がいい。」と瀬川は云った。「昨日《きのう》は君が何だか苛々してるようだったから、
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