の勝負に求めた。「君がやらないなら僕一人でやる。」とも彼は云った。
妻と瀬川とは仕方なしに彼の言葉に従った。その上、雨戸をしめ切った室の中は、火鉢に沸き立っている鉄瓶の湯気で暖くなっていた。彼は床の上に起き上り、高く積んだ蒲団に背中でよりかかって、碁盤を前にした。彼と瀬川とはどちらも笊碁ではあるが、互先のいい相手だった。
彼は黙《だま》って石を下した。何だか頭のしんに力がなく、注意が盤面にぴたりとはまらなかった。然しやってるうちに、後頭部の方から熱っぽい興奮が伝わってきて、次第に気分が戦に統一されてきた。そして自ら知らないまに三十|目《もく》ばかりの勝利を得た。
「病気して強くなったね。」と瀬川は云った。
所が二度目になると、彼の石の形勢がひどく悪かった。方々に雑石が孤立するようになった。彼はじっと盤面を見つめて、頽勢を挽回すべき血路を探し求めた。然しあせればあせるほど、頭の調子が妙にうわずって、肝心な所で行きづまってしまった。敵の陣形は如何にも横風《おうふう》で、衝くべき虚がいくらもあるように思われたが、実際石を下してみると、つまらない所で蹉跌したりした。そのうちに彼は、自分の
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