り私をかついでおしまいなすったじゃありませんか。」
「いやあれは、実際聞いた通りをお話したんです。ただあれが事実かどうか知りませんが、兎に角忠実な報告であってでたらめではありませんよ。」
「然し実際そういうこともあるかも知れない。」と彼は口を入れた。
「もう奥さんから聞いたのかい。」と瀬川は云った。「僕も変な話だとは思ったが、友人がどうしても本当のことだと云い張るんでね。」
「それでは、」と妻が云った、「あなたもかつがれた方の仲間ね。」
「いや嘘らしい事実も世にはあるものさ。」と彼は結論した。
 そして自分の結論に彼は自ら不安になった。此度《こんど》は妻と瀬川とがそれを信じない方の側になって、彼一人がその説を支持してる形になった。彼の頭にはまた惨めな駄馬の姿が映じた。「その脊髄を……」と考えると、彼は何とも云えぬ胸悪さを感じた。
 食事がすむと、「碁を打とう」と彼は云い出した。身体に障るといけないと云って、妻と瀬川とはそれをとめた。然し彼はきかなかった。口を利くのが嫌だった。また瀬川を前に置いて黙ってるのも嫌だった。敵愾心に似た漠然たる感情が彼のうちに澱んでいた。彼はその感情の出口を碁
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