な老いた駄馬であった。身体中《からだじゅう》にはむく毛が渦を巻いてい、長い尾の先はよれよれになって赤茶け、足には草鞋をはき、首を前方につき出し、光りの失せた眼を地面に落し、口からは泡を垂れながら、重い荷を引いてことりことりと、淋しい街道を辿《たど》っていた。
彼は不快な気分になった。その不快の中に深入りしないために、新聞紙を取り上げて、面白くもない記事に隅々まで眼を通した。それからしまいには、囲碁の処を狭く折り畳んで、その布石の順序を一々辿っていった。
瀬川が戻って来た時は、もう日も陰りかけ、食事の用意も出来上っていた。
「海はいいね。」と瀬川は云った。「僕はまだ、大空のような芸術というのは信じられない。然し、海のような芸術、或は山のような芸術というのは、信じられるような気がする。そういう芸術ならあり得るような気がする。」
然し彼は、それに対して何とも言葉を発しなかった。そして一寸沈黙が続いた後、彼の妻は別のことを云い出した。
「瀬川さんは随分でたらめの話がお上手ね。」
「どうしてです?」
「そら、さっき、真面《まじめ》目そうな顔をなすって、馬の脊髄がどうだのこうだのって、すっか
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