われた。彼は夢のようなぼんやりした気持ちでその方を眺めやった。
「秀子さんから何と云って来ましたの?」と彼女は云った。
彼は俄に夢想から外に放り出されたまま、一寸答えの言葉も口から出て来なかった。
「一寸拝見。」
そう云って彼女は手祇を読んだ。
「まあ嬉しいこと。ほんとに二人で来て下さるといいわね。」
「うむ。」と後は機械的に返事をした。
妻がまた台所の方へ立って行くと、彼は自己嫌悪に近い苛ら立った気持ちになった。余りに馬鹿馬鹿しい考えに、(而も余りに馬鹿々々しいため却って油断してはいけないような考えに、彼は一種の憤激を感じた。そしてその憤激のやり場を求めるように、「病気がいけないのだ、長い退屈な病気がいけないのだ、」と彼は心のうちに叫んだ。然しそれでも、心の底に軽い憤懣の念が動くのを、どうすることも出来なかった。
――兎に角早く病気を治《なお》すことだ、と考えて彼はしいて心を落着けようとした。もし馬の脊髄が結核に効果があるなら、それを注射しても構わない。
然しその時彼の頭に浮んだ馬は、胴の毛と尾とを短く刈り込み、足には鉄蹄をつけ、鬣を打って嘶く、逞しい乗馬ではなかった。惨め
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