うようなことを、これからでも何かの機会で秀子と恋し合わないとも限らない、というようなことを、感じたことがあったのを思い出した。凡てのことは偶然の機会によって決定されまた偶然の機会によって覆えされ得る、というような気がしてきた。平素安心して信頼しきってることもいつどうなるか分らないような不安な気がしてきた。凡ては気まぐれな運命の僅かな歩み方に懸ってるような気がしてきた。――自分は何かのことで秀子を恋するようになるかも知れない。そして自分の妻も何かのことで、例えば……瀬川を恋するように……。
 其処《そこ》までくると、彼の夢想はぐるりと一つ廻転した。――瀬川だって、何かのことで自分の妻を恋するようになるかも知れない。瀬川がああやって自分を訪ねて来てくれるのも、妻が居るからかも知れない。もし自分一人だったら、あれほどよくは訪ねて来てくれないかも知れない。少くとも妻が居ることは、自分一人でいるよりも瀬川にとっては快いことに違いない。自分の経験から云っても、下宿に一人で転ってる友人を訪れるのよりは、若い妻君の居る友人を訪れる方が気持ちがいい。そして……。
 その時、白いエプロンをかけた妻の姿が現
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