いことをも甘ったるい文句で長々と認めて、終りに、静子さんをも誘って明後日あたり遊びに行くかも知れないというようなことが、書き添えてあった。
手紙を読んでるうちに、彼の心は次第に明るくなった。読み終ってそれを枕頭に放り出すと、彼の気分は一種の快い雰囲気に包まれていた。彼女等の派手な衣裳の色彩や明るい声の調子などが、彼の頭に浮んできた。
すると彼の心のうちに、妙な矛盾が起ってきた。一瞬間前の陰欝な気分と現在の快暢な気分とが、その間に不調和な溝を拵らえて、彼の心の中で互に面し合ったからである。自分でも訳の分らない妙な矛盾さであった。そしてそれを見つめながら、彼はいつもの癖となってる、きびしい自己解剖に耽っていった。
――病人にとっては、男性の力よりも女性の柔かさの方がよほど快い。看護人はどうしても女性に限る。――そういう点から彼は、思索……というより寧ろ夢想の糸口をたぐっていった。すると先日、妻が用達しに出かけていた時、見舞に来ていた秀子とぽつぽつ意味もない話をしていた時、ふと窓硝子が人の息に曇る位の軽やかな心地で、もし僅かな事情の差があったら自分は秀子と結婚していたかも知れない、とい
前へ
次へ
全30ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング