のが感じられるまでになっても、雀は身動きさえしなかった。それを見てるうちに彼は恐ろしく退屈になった。
 彼はまた頭を枕につけて眼を閉じた。転地して来てからの二ヶ月間のことが頭に映じてきた。それがまた恐ろしく退屈なものであった。
 彼は深い憂鬱と銷沈とに陥っていた。それはふとした気分の転機から、いつもよく陥ってゆく空虚な淵であった。夢の中で高い処から下へ落ちてゆくような気持ち、それに甘えながらもそれに息づまるような気持ち、そういう気持ちで彼は空虚な淵の中へ沈んでいった。何をするのも懶いがまたじっとしても居れなかった。底知れぬ寂莫の感が胸の奥からこみ上げて来た。眼を閉じるとあたりが薄暗い荒廃の気に鎖されそうな思いがした。彼は大きく眼を開いて、眸をぼんやり天井に向けていた。然し何も見てはいなかった。
 彼はその空しい寂莫のうちに甘え耽りながら、どれ位時間がたったか知らなかった。その時女中のはる[#「はる」に傍点]が、一通の手紙を持って来た。
「奥様は只今手が汚れて被居《いらっしゃ》いますから。」と彼女は云った。
 手紙は東京の秀子から妻へ宛てたものだった。彼はその封を切った。例の通りつまらな
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