の話」が、案外つまらない内容だったので、彼は心構えをしていた感情のやり場に困った。そして妻の顔をじっと眺めた。
「お前は瀬川君にかつがれたんじゃない!」
「いいえ、全く本当らしいお話でしたのよ、でもなおも一度お尋ねしてみましょうか。」
「なにいいさ、そんな話は。」
暫く沈黙が続いた。
「では私、」と妻はふと思い出したように云った、「仕度をして参りますわ。御用があったら呼んで下さいね。」
彼は黙って首肯《うなず》いた。
一人になると彼は、暫く眼をつぶっていたが、やがて身体を少しずらして、縁側の障子を眺めた。西に傾いた日の光りが、障子の下の方三分の一ばかりを明るく照していた。そして節くれ立った木の枝が一本淡い影を投じて、それに一羽の小鳥がとまっていた。それらのものに彼はいつのまにか見覚えが出来ていた。庭の片隅にある梅の枝と、日に当ってる雀であった。彼はそれにちっと眸を定めた。雀はいつまでたっても動かなかった。可愛いい小首を傾げたり翼を動かしたりすることを期待してる彼の眼は、殆んど自棄的な気長さを強いられた。凡てはただ事もない明るい静けさのみだった。梅の枝の影が障子の上を静に移ってゆく
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