われてきて、自分の病気に重大な関係があるらしい暗示を残したまま、遠くへ去ってしまったのである。彼はそのことをあれこれと推測しながら、一方では妻と瀬川との会話に耳を傾けていた。然し会話は途切れ勝ちに種々のことに飛んでいって、いつまでたっても馬の上に戻って来なかった。彼はそのままじっとしているのが苦しくなった。然し今急に眼が覚めたような風を装うのも、何となく憚られた。
隣室の会話はなお続いていった。
「……実際ここは気持ちが宜ろしいですね。こんな処に居れば病気なんか自然に治ってしまいます。私も、伺う度毎《たんび》に余り長くは御邪魔すまいと思いながら、来てしまうとつい泊っていったりなんかして、お見舞に上るのだか遊びに来るのだか、自分でも分らない位です。」
「初めからお遊びのつもりでいらっしゃればいいではございませんか。こちらへ越して来てから、訪ねて下さるお友達も少いので、河野も非常に淋しがっております。私もあなたに来て頂くと、何だか力強いような気が致しますの。あなたがお帰りになると、河野はいつも黙り込んで淋しそうにしていますし、私はまた何となく頼り無いような気持ちになって、家の中が急に陰気
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