瀬川が彼の方を覗き込んでいた。彼は苦笑しながら答えた。
「うむ。今日はどうしたのか妙に眠い。」
「ではゆっくりお眠りなすったらどう?」と妻が云った。「その間瀬川さんには海の方でも散歩して来て頂いたら……。私は晩の仕度を整えておきますから。」
「それがいい。」と彼は云った。「今晩は何か少し御馳走をおしよ。瀬川君、失礼だが僕は少し眠るから、海の方でも歩いて来ない? 晩秋の海っていいもんだよ。」
「僕もそう思ってた所だ。では夕方また此処《ここ》で、三人落ち会うとするかね。……此の次は君も一緒に散歩出来るといいね。」
 瀬川が海の方へ出て行くと、彼は横に寝返りをして、襖の紙の枇杷色をじっと眺めていた。すると妻がその顔を覗き込んで云った。
「あなた、今日はどうしてそうお眠いんでしょう?」
 彼は妻の顔をちらと眺めて答えた。
「なに、別に眠かないが、少し一人で居たかったからああ云ったんだ。」
「それなら初めからそう被仰《おっしゃ》ればいいのに。瀬川さんに遠慮なんかいらないじゃありませんか。」
「然し折角来てくれたんだから、そうもいかないさ。それはそうと、今晩何か御馳走をおしよ。」
「ええ。」
 彼
前へ 次へ
全30ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング