黄金《こがね》になっています。
 エキモスはびっくりして立ち上がりました。いくつ小石をいれても、とりだすと黄金になっています。それがおもしろくて、やたらに小石を黄金にしては、四方《しほう》になげちらしました。
 ――ふしぎな皮袋だ。あの金色の鹿の毛皮でこしらえたのだ。
 それさえあれば、都にいっても不自由はしません。エキモスは都にいくことにきめました。
 ふしぎな皮袋とふしぎな葦笛《あしぶえ》……。エキモスは、にわかに元気がでてきました。そして都をさしてやっていきました。

      三

 まだ汽車や飛行機のないころのことです。エキモスは、いく日かのんきな旅をして、ようやく都につきました。
 大きなりっぱな家が、たちならんでいました。うつくしいものが、店いっぱいにかざってありました。そしてなによりも、人間が多いのにエキモスはびっくりしました。蟻《あり》のすをつついたように、たくさんの人がいそがしそうにあるきまわっていました。
 夕方になると、いちめんに灯がともって、町はいっそうきれいになり、うつくしくきかざった人が、いっそう多くなりました。
 エキモスははらがすいてきましたので、あるりっぱなホテルにはいっていきました。ぴかぴかひかるガラス戸のおくに、白い服をきた男がたっていました。そしてエキモスのようすを、じろじろながめて、いいました。
「ここは、お前さんのような者がくるところではない。食事がしたいんなら、ほかをたずねてごらん」
 エキモスは外に出ました。しばらくゆくと、また、うつくしくきかざった人たちが出入りしてる、りっぱなホテルがありました。そこにはいっていくと、ガラス戸のおくの白い服の男が、エキモスのようすをみながらいいました。
「ここは、お前さんのような者がくるところではない。食事がしたいんなら、ほかをたずねてごらん」
 エキモスはうなだれて外にでました。
 ぼんやりあるいていると、なおいくつも、りっぱなホテルが、ならんでいましたけれど、もうはいってみる気もしませんでした。
 ――どうして、食事をさせてくれないんだろう。
 そう思うと、なおはらがすいてきますし、かなしくなりました。
 いつのまにか、大きな川のふちにでました。川には、むこうがわの灯がちらちらうつって、きれいでしたが、川のふちは、人どおりもすくなく、うすぐらくて、ひっそりしていました。
 しばらくゆくと、すこしひろいところがあって、大きな木が四五本うわっていて、そのなかに、ちいさな噴水《ふんすい》がありました。ふるいきたない服をきて、靴もはかず、帽子《ぼうし》もかぶらないでいる、年をとった男が、噴水の水をのんでいました。
 エキモスは、はらがすいていますし、のどもかわいていましたので、その男にたずねました。
「その水は、だれでものんでいいんですか」
 年とった男は、ふりむいてこたえました。
「のんでいいとも。だが、うまい水じゃあないよ」
 でも、エキモスはうまそうにのみました。そのようすをみて、年とった男はいいました。
「お前さんも、どうやら、はらがすいてるようだね」
「ええ」とエキモスはこたえました。「どこでも、たべさしてくれないんです」
「どこでも……」
 エキモスは、りっぱなホテルから、おいだされた話をしました。年とった男はわらいました。
「そりゃあ、そうしたもんだよ。お前さんみたいな、きたないなりをした子供に、あんなところで食事をさせてくれるものかね」
「だって僕、お金はもってるんですよ」
 エキモスは、皮袋《かわぶくろ》から金貨を一つとりだして、みせました。
「ほう」
 男はふしぎそうに、金貨とエキモスの顔をみくらべています。エキモスはいいました。
「おじさん、どこか、これでなにかをたべさせてくれるところはありませんか。おじさんもおなかがすいているんなら、いっしょにたべましょうよ」
「なるほど、それもいいが……」と男はかんがえながらいいました。「二人きりでたべるのは、すこしもったいないな」
「ほかにもまだ、おなかのすいてる人があるんですか」
「あるとも、たくさんあるよ。からだがわるかったり、靴がなかったりして、しごとをしにでかけられない者が、いくらもあるからね」
「じゃあ、そんな人とみんなで、たべましょうよ」
 年とった男は、とてもうれしそうな顔をしました。きゅうにげんきになって、かけだしていきました。しばらくすると、十四五人の男たちをつれて、もどってきました。靴のない者ややせほそった者で、みんなしょんぼりしていました。年とった男は、エキモスをさしてさけびました。
「この人が、おれたちにごちそうしてくださろうという、神さまのお使いだ」
 人々は、エキモスをまんなかにかこんで、うれしそうにあるいていきました。うらどおりのせまい町すじを、右にまがったり、左にまがったりして、やがて、ちいさなたべもの屋にはいりました。
 天井《てんじょう》のひくい、きたない部屋で、木のテーブルと木のこしかけとがならんでいて、ランプがくすぶっていました。でも、そこにいっぱいになった人々の顔は、どんなうつくしいあかりよりも、もっとはればれとかがやいていました。
 エキモスは、部屋のおくにたっている主人のところにいって、皮袋《かわぶくろ》から金貨を五つとりだして、かんじょう台のうえにならべました。
「これで、みんなの人に、うまいごちそうをしてください」
 主人は、びっくりしたようすをしました。そして五つの金貨をとって、皆の方へそれをうちふりました。
「おい、みなさん、これだけのごちそうだとよ」
 わーっとよろこびの声があがりました。
 声がでなくて、涙ぐんでる者もありました。エキモスもうれしくて、涙がでてきました。
 酒がでました。ごちそうがでました。たいへんなさわぎでした。みんな元気になりました。やせほそった病気の者も、あしたから仕事へでかけるといいだします。みんなが仕事のことをはなします。エキモスはまた金貨をとりだして、靴のない人たちのために、靴をかってきてもらいました。みんなが、あしたからは、自分たちだけで、都じゅうの仕事をするような、元気です。そしてはらいっぱいに、のんだりたべたりしました。
 しまいには、「神さまのお使い」のエキモスを胴上げして、よろこびさわぎました。
 夜がふけました。エキモスがねむそうな眼になりますと、たべもの屋の主人は、そまつな家ですが、そのなかのいちばんよい部屋につれていって、ねかしてやりました。

      四

 エキモスはたのしく眼をさましました。ゆうべのことをかんがえると、うれしくてたまりませんでした。あの人たちが、あんなによろこんで元気よく食事をしたことは、いままでにありませんでした。
 エキモスはたくさんの金貨を宿の主人にあずけて、ゆうべの人たちがきたら食事をさせてくれるようにたのんで、都のなかを見物にでかけました。
 いろいろな店がありました。いろいろな人がとおっていました。公園や博物館などもありました。
 夕方はやく、エキモスは宿にかえって、ゆうべの人たちをまちうけました。が、その人たちは、夜になって、二三人ずつ、つれだってやってきまして、お礼をいっただけで、もどっていきました。
 エキモスは宿の主人にたずねました。
「あの人たちは、なぜ早くかえってしまうんだろう」
 主人はこたえました。
「それはむりもありませんよ。一日はたらいたんだから、くたびれているんです。それに、あなたにごちそうになっては、すまないと思っているんです。あの人たちはもう大丈夫です。けれど、びんぼうで、おおぜい子供があったり、病気だったりして、ひどくこまってる人が、まだまだたくさんあります。その人たちをみんなたすけてやることは、いくらあなたが神さまのお使いだって、なかなかできますまい」
 主人は頭をふって、かなしそうな顔をしました。
「僕は神さまのお使いなんかじゃないんですよ」とエキモスはいいました。「けれど、こまってる人たちがそんなにあるなら、どうかして、よろこばしてあげたいもんだなあ」
 エキモスはいろいろかんがえました。そして、金貨でちょっとしたものをかっては、おつりに銀貨や銅貨をもらい、それを金色の鹿《しか》の毛皮でこしらえた袋にいれて、みんな金貨にしてしまいました。たくさんの金貨ができました。それをもって、エキモスは毎晩おそく、びんぼうな人たちのすんでるところへ、でかけていきました。
 びんぼうな人たちのところでは、ふしぎなことがおこりました。
 病気で仕事ができなくて、お金がないので、ものもたべられず、どうしていいかわからないでいる男が、ぼんやり外にたっていますと、そまつななりをした少年が、これでうまいものをおあがりなさいといって、金貨を一つくれます。男はあっけにとられてるうちに、少年はもうどこかへいってしまいます。
 靴をもたない子供が、はだしで使いにいきますと、そまつななりをした少年が、これで靴をおかいなさいといって、金貨を一つくれます。
 窓のガラスがこわれたまま、それをあらたにかうことができなくて、紙をはってるところがありますと、夜おそく、おもたいものがなげつけられます。紙がやぶけて、金貨がばらばらと部屋のなかにふってきます。
 それからある朝、まだくらいうちに、戸をどんどんたたく者があります。一けん一けん戸をたたいていきます。どのうちでも眼をさまします。なにごとかと思って、おもてにでてみますと、そこに、たくさんの金貨がふりまかれています。みんながとびだしてきて、その金貨をひろいます。
 どのうちにも、金貨がたまっていきました。みんな元気になりました。じようになるものをたべますし、帽子《ぼうし》や靴もかいました。男たちは、いさんではたらきにでかけますし、女たちは、家の中をきれいにします。みんなの、しょんぼりした眼はいきいきとかがやいてきます。町じゅうに元気があふれてきました。
 それがみな、エキモスのしわざでした。みなの人にもそれはわかっていました。けれど、エキモスを神さまのお使いだとおもっていましたので、おもてだってお礼にいくこともおそろしいような気がして、ただかげで、ありがたがって、ひそひそとうわさするだけでした。
 それでも、お菓子や果物などを、エキモスの宿に、そっととどけにくる者がたえませんでした。いくらことわっても、またそっとおいていきます。それには、宿の主人がいちばんこまりました。うちのなかはお菓子や果物でいっぱいです。しかたがありませんから、ほうぼう知りあいのうちにくばりましたが、しまいには、どこのうちでもかまわずやたらに、それをくばってあるきました。そのためにまた、どこのうちにも、お菓子や果物があるようになりました。
 びんぼうな子供たちはほんとにうれしがりました。これまであおい顔をしてうちにばかりひっこんでいたのが、お菓子や果物をたくさんたべて、元気になり、公園などにあそびにでました。
 エキモスは、そういう子供たちとあそぶのが、なによりたのしみでした。公園の木には、たくさんの雀《すずめ》がいました。エキモスは子供たちとあそびつかれると、木のかげにやすんで、銀色の葦笛《あしぶえ》をふきます。すると雀たちが、笛の音《ね》にききとれて、エキモスのまわりにおりてきます。あたりいちめん雀ばかりです。子供たちがつかまえても、すこしもにげようとはしません。それを子供たちは、頭にとまらせたり、肩にとまらせたり、手のひらにのせたりして、うれしがっています。
「もうこれでおしまい」
 そういってエキモスが立ち上がって、笛をしまいますと、雀たちも木のうえにとんでいきます。
 そのようにして、ある日、エキモスが公園で子供たちとあそんでいますと、まっ黒い服をきた一人の男が、しずかに近よってきました。大きなつよそうな男で眼がするどくひかっていました。
 男はエキモスのようすをじろじろながめてから、ひくい声でいいました。
「じつは、あなたにぜひごそうだんしたいことがありますので、あちらまできてくださいませんか」
 エキモス
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