はニコニコしていいました。
「ここではいけませんか」
「ええ、ちょっと……ひみつのことですから……」
それでエキモスは、その男についていきました。公園のではずれに、馬車がまっていまして、黒い服をきた大きなつよそうな男が四人のっていました。エキモスはいわれるままに、その馬車にのりました。馬車はいっさんにはしりだしました。
五
エキモスをのせた馬車は、どこまでもはしっていきました。くろい服をきたつよそうな五人の男が、エキモスをかこんでいました。
ずいぶんいってから、馬車は大きな石の門をはいりました。そこでエキモスは馬車からおろされました。あかい服をきて剣をさげてる五人の男が、くろい服の男とかわって、エキモスをとりかこみました。
エキモスにはわけがわかりませんでした。でもべつにこわいともおもいませんでした。あかい服の男たちにつれられて、大きなたてもののなかにはいり、ながいひろい廊下をとおって、ちいさな中庭にでました。そしてそこで、じゃりのうえの木の腰掛《こしかけ》にすわらせられました。
やがて、正面の幕がまきあがりました。中庭より一だんたかい部屋のなかに、大ぜいの人がひかえていました。
あかい服の男の一人が、エキモスにいいました。
「王さまと大臣だ。おじぎをしろ」
エキモスはおじぎをして、顔をあげました。みると、まんなかに、金のかんむりをかぶってむらさきの服をきている人が、王さまらしく、そのすこし前のほうに、ぴかぴかひかる服をつけているのが、大臣らしゅうございました。そのほかの人たちは、赤や金のすじのはいった服をつけて、王さまの左右にならんでいました。
大臣はおごそかな声で、エキモスにたずねました。
「お前は、なんという名前だ」
「エキモスというものです」とエキモスはへいきでこたえました。
「エキモス、お前は魔法つかいだな」
「いいえ、魔法つかいではありません。山の羊かいです」
「その羊かいが、どうして、公園の雀《すずめ》をよびあつめるのか」
「よびあつめるのではありません。雀があつまってくるんです」
「それでは、なんのために、びんぼう人どもの町に、金貨をまきちらすのか」
「みんなをよろこばせたいからです」
「その金貨は、どこからぬすんできたのか」
エキモスはへんじにこまりました。しかたがありませんから、金色の皮袋《かわぶくろ》をとりだして、そのふしぎな力をみせてやりました。銅貨や銀貨をいれると、金貨にかわりますし、石ころをいれても、金にかわってしまいました。
大臣はあかい服の男たちにさけびました。
「その魔法の袋をとりあげて、しばってしまえ」
エキモスは皮袋をとりあげられ、うしろでにしばりあげられました。どうすることもできませんでした。
大臣はいいました。
「お前は、けしからんやつだ。魔法をつかって、むほんをたくらんでいる。しかしもう、魔法の袋をとりあげたからには、どうにもできないぞ。かくごするがよい」
エキモスはいろいろいいわけしましたが、なんのやくにもたちませんでした。びんぼう人たちのところに金貨をまきちらして、はたらくのがばかばかしいという気をおこさせ、公園で雀《すずめ》をよびあつめて、みんなのきげんをとり、そして神さまのお使いだなどといいふらして、むほんをたくらんでいる、というのです。
「これから、七日《なのか》のあいだ、森のなかの牢《ろう》にとじこめて、それから、島ながしにいたします」
大臣は王さまにそうもうしました。王さまはだまってうなずきました。
それで、おしまいでした。エキモスは森のなかの牢屋にいれられました。だいじな笛までも、牢屋でとりあげられてしまいました。
森のなかに石でこしらえられて、兵士たちだけがばんをしている、おそろしいさびしい牢屋でした。エキモスはそこにとじこめられ、七日たてば、舟にのせられ、川をくだって海にいで、海をとおくわたって、人の住んでいないちいさな島にながされるのでした。
けれど、エキモスはさほどかなしみませんでした。なんにもわるいことをしたのではありません。今にだれかたすけにきてくれるような気がしました。
牢屋には、ちいさな窓が一つついていました。その窓からのぞくと、森の木がみえます。木のしげみをとおして、むこうに野原がみえます。エキモスは、山で羊かいをしていたときのことを、なつかしくおもいだしました。
――羊たちはどうしてるだろう。
そして毎日、その窓から、森の木やむこうの野原をながめてくらしました。だが、野原には人のかげもみえません。だれもたすけにきてくれるものはありません。
三日たちました。四日たちました。だれもきてくれません。五日……六日……七日……。だれもきてくれません。森のなかはしいんとしていますし、森のむこうの野原には人かげもありません。
八日目の朝、いつも食事をはこんでくれる番人が、エキモスをかわいそうにおもってか、こういいました。
「いよいよきょうは、島にいくんだ。なにかねがいはないかね」
エキモスはすぐにこたえました。
「なんにもありませんが、ただ、なごりに、笛をふかしてください」
「うむ、きいてきてあげよう」
しばらくたつと、番人は白葦《しろあし》でこしらえた銀色の笛をもってきてくれました。
エキモスはとびあがってよろこびました。そのだいじな笛を胸にだきしめて、なみだをながしました。それから一心《いっしん》に、笛をふきはじめました。なんともいえないうるわしい音《ね》がひびきわたりました。エキモスはもうなにもかもわすれて、むちゅうにふきつづけました。いく時間ふきつづけたか、じぶんでもしりませんでした。
そのうち、なんだかさわがしいので、エキモスは気がつきました。そして窓からのぞきみると、びっくりしました。
森のなかいっぱい、鳥や獣《けもの》ばかりでした。鷲《わし》や狼《おおかみ》やライオンのようなおそろしいものもまじっていました。エキモスの笛をききにやってきたのです。牢《ろう》の番人たちはにげだしてしまって、だれもいません。ただ鳥や獣ばかりです。
エキモスは笛をふきやめて、ぼんやりそれをながめていました。ふと気がつくと、森のむこうの野原のなかに、なにかうごいています。だんだんちかよってきます……。たくさんの人が、馬をかけさしてやってくるのでした。
六
エキモスがとじこめられている牢屋へ、馬でかけつけてきたのは、王さまと王子でした。大臣もおともしていました。それからおおくの兵士がしたがっていました。
はじめ、エキモスが牢屋へおくられた時、皮袋《かわぶくろ》は、魔法の袋だといって、大臣から王さまの手にわたされました。王さまはそれを、じぶんの部屋にもってかえって、ふしぎそうにながめました。みごとな金色の鹿《しか》の毛皮でした。そしてその毛をなでてみてるうちに、ふと、魔法とかいうのを、ためしてみたくなりました。
王さまはその皮袋に、銅貨を一ついれてみました。とりだすと、金貨になっています。小石を一ついれてみました。とりだすと、黄金《おうごん》になっています。
王さまは、うれしさに眼をひからしました。そして銅貨や小石をとりよせては、皮袋にいれて、みな黄金《おうごん》にしてしまいました。くたびれてくると、大臣をよびました。つぎには、ごてんじゅうの役人をよびました。小石や銅貨をはこぶもの、それを皮袋《かわぶくろ》にいれて黄金にするもの、その黄金を部屋のすみにつみかさねるもの、おおさわぎでした。黄金がだんだんふえてゆくのをみて、みんなむちゅうになりました。
一日たちました。一つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
二日たちました。二つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王さまに、エキモスとおなじくらいな年ごろの王子がありました。王さまはじめみんなが、黄金をこしらえて、むちゅうになってるのをみて、かなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
でも、だれもへんじをしませんでした。
三日……四日……五日たちました。五つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王子はいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
だれもへんじをしませんでした。
六日たち、七日たちました。七つの部屋が黄金でいっぱいになりました。
王子はかなしそうにいいました。
「そんなことをして、なにになりますか」
だれもへんじをしませんでした。がこんどは、みんな、たがいに顔をみあわせました。そしてため息をつきました。くたびれていました。なんだかさびしくなっていました。七つの部屋にいっぱいの黄金《おうごん》の山をみて、どうしていいかわからなくなってきました。
王子はいいました。
「石ころをつんでるのと、おんなじではありませんか」
じっさい、黄金ばかりこしらえて、なにになるんでしょう。こうなると、石ころをつんでるのとおなじでした。これまであんなにとうといものとおもっていた黄金も、七つの部屋いっぱいほどになると、どうにもしようがありませんでした。
――ばかなことをしたものだ。
そうかんがえて、王さまは大臣のほうをみました。大臣も王さまのほうをみました。二人ともこまってしまいました。
そして、八日めの朝になると、七つの部屋いっぱいの黄金をまえにして、王さまも大臣の役人たちも、ただため息をつくばかりでした。
そこへ、いちどに、いろんな知らせがまいりました。――人民たちは、エキモスが牢《ろう》にとじこめられて、いよいよ今日は島ながしになるんだということを、いつのまにかききだして、たいへんさわぎたっています。ぜひともエキモスをうばいかえすとさわいでいます。――エキモスがむほんをたくらんでたということも、びんぼう人たちのところへ金貨がまきちらされるのを、ねたんでる者どもが、かってにこしらえた話です。――そして牢屋のほうでは、ふしぎにも、数かぎりない鳥や獣《けもの》がやってきて、牢屋から森まで、すっかりせんりょうしてしまっています……。
王さまは立ち上がりました。王子も立ち上がりました。すぐに馬をひきださせて、牢屋《ろうや》のほうへかけさせました。それを気づかって、大臣はおおくの兵士をつれて、あとにしたがいました。
きてみると、ほんとでした。牢屋のまわりの森のなかは、鳥や獣《けもの》でいっぱいでした。鷲《わし》や狼《おおかみ》や獅子《しし》のようなおそろしいのもまじっています。馬はおどろいてはねあがりました。王さまも王子も大臣も兵士たちも、馬からとびおりました。牢屋の窓には、にこにこしてるエキモスの顔がみえます。けれども、鳥や獣のためにちかよれませんでした。
そこへ、エキモスをうばいかえそうとして、たくさんの人民たちがやってきました。王さまはすぐに、エキモスをゆるすということをふれさせました。人民たちはあんしんしました。けれど、森のなかの鳥や獣をみて、エキモスのところへはちかよれませんでした。
そのうちに、王子はなんとおもってか、一人で森のなかにはいっていきました。ふしぎにも、狼や獅子もじっとうずくまったまま、なんの害もしませんでした。王子はずんずんすすんで、牢屋のなかにはいり、かぎをさがして、エキモスの部屋をあけました。
エキモスはよろこんで王子をむかえました。
王子は金色の皮袋《かわぶくろ》をエキモスにかえしていいました。
「エキモス、お前はその皮袋で、わたしたちにたいへんよいことをおしえてくれました。人間の欲というものが、どんなにばかげてるものか、おしえてくれました。ありがとう」
王子のあとについて、王さまもはいってきました。王さまはいいました。
「エキモス、わしのおもいちがいだった。お前をくるしめたのを、ゆるしてくれ」
王さまのあとから、人民たちがとびこんできました。どうするひまもありませんでした。人民たちはエキモスをかつぎあげて、牢屋《ろうや》からつれだし、野原のなかにはこんでいきました。
それからたいへんなさわぎでした。都じゅうの人が野原にでてき
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