子越しに見ると、大きな立派なものになった。彼は感心した、自分も金魚を飼って見たくなった。急いで給仕を呼んで勘定を済した。
 表に出て、金魚屋がありそうな方向へ歩いていると、その先の停留場で、先輩の木川に出逢った。彼はいきなり声をかけた。
「やあ、この頃いかがです。」
「え?」と木川は澄した顔で見返した。
「君この辺に金魚屋は知りませんか。」
「知りませんね。」
「何処かにあるでしょうね。」
 その時電車が来た。「失敬、」と云い捨てて木川はそれに乗った。
 彼はぼんやりその後姿を見送った。その時、自分が口に楊枝をくわえているのに気付いた。楊枝を口にくわえてぞんざいな口調で先輩に金魚屋を尋ねてる自分の姿が、頭に浮んだ。「木川は怒ってるかな、」と彼は考えた。取り返しのつかないことをしたような気がした。妙に薄ら寒くなった。
 彼は下宿の方へ帰りかけた。「今日はいい日だ、」という朝からの気分が頭の隅にこびりついていた。「こんな気分を無駄にしてはつまらない、」と彼は考え直した。そして兎に角金魚を買って戻ることにきめた。
 心当りの方面を歩き廻っていると、金魚屋が見付かった。狭い木戸を押して中にはい
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