わりと風に飛ばされてしまった。
春の日が照っていた。
「今日は一日何にもしないで暮そう。」と彼は独語した。
そのときふと、地方の友人へ書かなければならない手紙があるのを、彼は思い出した。「落付いてゆっくり手紙も書けない生活ほど惨めなものはない、」と誰かが言った言葉を、彼は頭に浮べた。彼は微笑んで手紙を書き出し、用件の次につまらないことを長々と書添えた。
何にもすることがなかった。
十時頃にその手紙を出しに外へ出た。
風がなくて暖かだった。桜の花がちっていた。彼は懐手をしたままぼんやり歩いていた。
電車通りに出ると、美しく飾り立てた時計屋の店先が眼に止った。小形な梨地の金側時計が一つあった。「いい時計だな、」と彼は思って、窓際に立ち止った。正札が裏返っていた。番頭が居た。
「その時計はいくらするんです。」と彼は尋ねた。
「これですか、正札より一割位はお引きしますが、如何でございましょう。」と番頭は答えながら、正札を表返した。三十八円と記してあった。彼はぼんやりそれを見ていたが、やがてふいと立ち去った。「あんな安いのは駄目だ、」と思った。
本屋の店先で雑誌を覗いていると、小僧
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