した。
「何かあるんですか」
「なんでもよろしい。すぐ立ちのけ」
と、男はくり返しました。
そのようすにも、声のちょうしにも、なにか力強いものがこもっていて、命令するのと同じでした。
しかたがありません。キシさんは御者台《ぎょしゃだい》に上りました。馬は走りだしました。
けれども、キシさんが馬を進めたのは、男から指し示めされた森の方へではなく野原の方へでした。そちらが金銀廟《きんぎんびょう》のほうにあたるのです。
そして野原の中を、三十分ばかり進んで、それから馬車《ばしゃ》をとめて、みんな外に出て、朝の食事を始めました。
その時、向こうの地平線のあたりから、何かぽつりと黒いものが出てきました。見ているうちに、それがだんだん大きくなります。近寄ってきます……。馬にのった一隊の人々です。銃や剣が朝日にきらきら光っています。全速力でやってきます……。
キシさんをまっ先に、太郎もチヨ子も立ち上がりました。そして馬車に乗りましたけれど、もう逃げるひまはありませんでした。
百人あまりの匪賊《ひぞく》でした。風のように襲《おそ》ってきました。十人ばかりの者が、銃や剣をさしつけて、馬車
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