、もう何の音もしませんでした。
しばらくすると、キシさんはあわててあかりをつけて、出ていきました。そしてすぐ、木の下につないでおいた二頭の馬を引っぱってきて、馬車《ばしゃ》につけました。
「馬を盗まれたら大変だった。こうしておけばだいじょうぶだ」
そしてキシさんはまた眠ってしまいました。奇術師《きじゅつし》になりすましてはいますが、やはりだいたんな李伯将軍《りはくしょうぐん》です。太郎もチヨ子も、それに安心してやすみました。
それから長くたって、馬車が激しくゆれて、みんな目をさましました。馬が足で地面をしきりに蹴っていました。
キシさんはむっくり起きあがって、窓を開きました。外はほの白く、夜が明けかかっていました。そしてすぐそこに、まるい帽子をかぶった大きな男がふたりじっと立っています……。
向こうも黙っていました。こちらも黙っていました。黙ってにらみあっていました。
やがて、ふたりの男の内のひとりが、まっすぐに手を上げて、森の方を指しながら言いました。
「すぐに立ちのけ」
「なぜですか」
と、キシさんはとぼけたように言いました。
「すぐたちのくんだ」
と、男はくり返しま
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