わ》や皿《さら》やナイフや大きな毬《まり》など、手品の道具を、地面に敷いてあったむしろに包んで、それをかかえて、さっさと立ち去ってしまいました。
 おおぜいの見物人も、しだいに立ち去ってしまいました。
 広場のまん中で、太郎と手品使いの少年とは、ぼんやり顔を見あわせました。少年は、ただあっけにとられてるようでした。
 太郎は言いました。
「きみの道具を持っていったあの人は、ぼくが一緒にいる人だよ。今はあんな汚いないなりを[#「汚いないなりを」はママ]していたが、偉い人なんだ。心配しないでもいいよ」
「でも、あすはどうしよう」
「ああ、手品《てじな》か、困ったなあ。ぼくがでたらめ言っちゃったもんだから……だけど、あの人に何か考えがあるんだろう。あとできいてこよう」
 そしてふたりは歩きだしました。
 少年はふいに立ちどまりました。
「きみとは、こちらにくる船の中で、知り合ったばかりだが、名前は何というんだい」
「上野太郎《うえのたろう》というんだよ。きみは……」
「ぼくは下野一郎《したのいちろう》だよ」
 ふたりは笑いました。上野太郎……下野一郎……口に中でくりかえすと、おかしくなって、
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