輪をがちゃがちゃいわせながら、そこの手すりによりかかって、海をながめました。それから、ふいにたずねました。
「きみは満州《まんしゅう》に初めて行くのかい」
「うん」
「なにしに行くんだい」
太郎は黙っていました。
「行ったっておもしろいことはないよ。ぼくは小さい時、おじさんに連れられてきて、ほうぼうをまわったが、つまらなかった。いやになって、またちょっと、日本に戻ったけれど、日本でも、あまりおもしろいことはなかった。それに、おじさんが病気をして、手足がよくきかなくなって、手品《てじな》がうまくつかえないんだ。それで、また満州《まんしゅう》に行くところだよ」
「そして、これから、何をするつもりだい」
「やっぱり、手品使いさ。ああ、ぼくが早くじょうずになるといいんだがなあ」
「毎日、練習をするのかい」
「そうだよ」
そして彼は、なにか急に思い出したらしく、駆け出して行こうとしました。
「ねえきみ」と、太郎は後から呼びかけました。
「大連《だいれん》に行ったら、ぼくんとこに遊びにこないか」
「ああ行くよ、行くよ」
そそっかしい少年で、それきり向こうに駆けて行きました。太郎はしばらく待っ
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