て、両の挙《こぶし》を握りしめ、ぶるぶる震えて、今にもとびかかりそうです。
 はっとして、太郎はチロの前に立ちふさがりました。じっとしていた女の子も、とんで来ました。
 男の顔はしだいにゆるんできました。それから、彼は、がっくりと椅子《いす》に腰《こし》をおろしました。
「ああ、私悪い、私悪い。チロ悪くない。私悪い」
 そして彼は、しょんぼりした目つきをして、何度も頭を下げました。
 女の子がにっこり笑って、太郎の方を見ました。太郎も笑って見せました。二人はチロをかばうつもりで、一緒にくっついて立っていたのです。そしてなんだか、急に親しい友達になったような気がしました。
「おじさんの、悪い癖《くせ》よ、またかんしゃくをおこして……」と、女の子が言いました。
 男は何度もうなずきました。そしてチロの方を優しい目で見やって、きまり悪そうに微笑《ほほえ》みました。

 太郎は、支那《しな》服の大きな男と、洋服の少女と、大変仲よくなりました。
 ただ、その二人がどういう身分の人か、さっぱりわかりませんでした。松本さんの奥さんにきいても、よく教えてもらえませんでした。ふたりとも中国人だが、日本名
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