り動かさず、まるで人形のようでした。
 反対のかたすみには、支那《しな》服を着た、大きな男がいました。顔は平たく、長い口髭《くちひげ》をはやしていて、頭がひどく禿《は》げていました。
 その男が、チロを抱いてる太郎を見ると、つかつかと立ってきて、低くおじぎを[#「おじぎを」は底本では「おじきを」]しました。
「おう、よく来ました」
 そしてチロの方へ、大きく開いた両手を差し出しました。
「おう、白いきれいな猫……金の目……銀の目……おう、よく来ました」
 それからチロを抱きとって、部屋の中を歩きだしました。
「これ、名前、何といいますか」
「チロです」と、太郎は答えました。
「チロ……チロ……よい名前だ……チロチロ……」
 そして彼はもう、チロだけしか相手にしませんでした。
 部屋の中には人形や毬《まり》や汽車や、馬や猿《さる》や熊《くま》など、いろんなおもちゃがありました。彼はそれをとってきて、チロに見せました。チロはテーブルの上にじっとしていましたが、赤い人形の絵が描いてある大きなガラス玉を見ると、ひょいと片手を出し、それから匂《にお》いをかぎ、またちょっと片手を出しました。ガラス
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