んで」]お礼でもしますから」
女はポケットから、手にいっぱい銀貨を取り出して、差し出しました。太郎は頭をふりました。女は次に、きらきら光るナイフを差し出しました。次には、金の鎖のついてる万年筆……次には美しい金時計……。
「いやだ、いやだ、いやだ」
そう叫んで、太郎はいきなり立ち上がって、チロをかかえて、逃げ出しました。
一生懸命に走りました。しばらくして、振り返って見ると、あの男と女が、遠く、海岸の上に、馬の手綱《たづな》をひかえて、まだこちらを見送っています。太郎はまた走りだしました。
うちに帰って、ほっと息をつくと、太郎はチロの頭をなでてやりました。
「だいじょうぶよ、ねえ、チロ……誰が来たって、どんなことがあったって、ぼくはおまえを、よそにやったりなんかしないよ。おまえも、人に盗《ぬす》まれたりなんかしちゃあいけないよ、ねえチロ……」
チロは頭をすりつけて、ニャーオ……と鳴きました。
けれど、誰も、チロを盗みに来る者もなく、たずねてくる者もありませんでした。
それから、三日目の朝不思議なことが起こりました。家のそばの神社の前に、美しい米俵《こめだわら》が十四―五
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