器物が並んでいました。そしてその前に、病人らしい男が寝ていました。
その病人の側に、チヨ子は立ち止まって、じっとその顔を見ていましたが、石のようにかたくなって、それから、ぶるぶる震えだし、そこにかがみこんでしまいました。
そのとき、病人はふいに、はね起きました。
「猫のことは、私が知っている。みんなしばらく外に出ていてくれ」
それを聞いて、ほかの男たちは、外に出ていきました。太郎は入口の見張りをしました。
そして、太郎がふり向くと、病人とチヨ子とはもうしっかりと抱きあって、泣いていました。病人はそのやせた手で、チヨ子の頭や背中をなでさすり、チヨ子は病人の胸に顔をおしあてて、どちらも黙ったまま、涙を流しています……。
その病人こそ、玄王《げんおう》だったのです。チヨ子の父だったのです。おたがいに話したいことが、どんなにたくさんあったことでしょう。また、どんなに涙が流れたことでしょう。
太郎は両腕をくんで、脇の方を向いて、じっと立っておりました。
金銀廟《きんぎんびょう》の中の部屋で、あたりは、しーんとしていました。
何もかもすっかり、はっきりしました。
匪賊《ひぞく》の首領《かしら》は、玄王《げんおう》のふいを襲って、その城をのっとりましたが、負傷した玄王を人質《ひとじち》にとって、金銀廟の中におしこめ、自分は玄王に仕えてる者だ、と、勝手にいって、ふきんの土地を治め、やがてはその王になるつもりでした。けれど、玄王の部下たちがあちらこちらにいて、なかなか思うようになりませんでした。
しじゅう戦いがおこりました。けれど玄王《げんおう》の部下達も、玄王が人質《ひとじち》になっているので、思いきって攻め寄せることもできませんでした。
そのことを知っていますので、匪賊《ひぞく》達も、玄王をそまつにはあつかいませんでした。玄王のきずはなおりました、けれども、次には病気で寝つきました。それでも匪賊のうちには、だんだん玄王になついてくるものが出てきました。金銀廟《きんぎんびょう》で玄王の側についてる者たちは、今ではもう玄王の味方でした。
そこへ、チヨ子が来たのです。玄王は力がつきました。そのうえ、どんな病気にもきくという薬を、太郎がすぐに飲ませておきました。まもなくじょうぶになるに違いありません。
キシさんは、おどりあがって喜びました。
朝早く、キシさん
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