い故郷でした。白い塔はもとより、山にも木にも草にも、あらゆるものに見覚えがありました。
 馬車のまま城の中にはいって、長く待たされて、それから広間に通されました。
 荒くれた人たちがおおぜい、酒盛をしていました。
 正面にあぐらをかいてる、首領《かしら》らしい男が、大きなさかずきをおいて、三人のほうをじっとにらんで、いいました。
「手品《てじな》とか奇術《きじゅつ》とかをやるというのは、お前達か。ひとつやってみせろ」
 キシさんは、ていねいではあるが、きっぱりしたちょうしでたずねました。
「あなたが玄王《げんおう》というお方でございますか」
「なに、玄王だと……玄王はいま病気だ」
「それじゃあ、奇術はまあやめましょう。金銀廟の玄王のところへといって、連れてこられたのですから、玄王の前でまずやらなければ、奇術の神様が怒ります」
「奇術《きじゅつ》の神様とはなんだ」
「奇術の神様です。私共の奇術は、その神様からさずかった、とうとい術ばかりです。神さまにうそをつくようなことをしてはいけません」
 匪賊《ひぞく》の首領《かしら》は、言葉につまってうなりました。そしておこりました。
「ふらちなことをいう奴だ。よし、奇術をしないというなら、ちょうど、五十人ばかりの捕虜《ほりょ》がきているから、明日の朝、その首きりの役をさせるぞ」
 キシさんは考えこみました。
 ところが、キシさんのかわりに、ニャーオと……猫が鳴きました。太郎が上着の中にかくして抱いていたチロが、外に出たくて鳴きだしたのです。そしてあばれだしたのです。しかたがないので、太郎はチロを出してやりました。チロは喜んで、広間の中を駆けまわりました。
 匪賊たちはびっくりしたようでした。それから、不思議そうにチロをながめて、ささやきあいました。
「まっ白な猫だ」
「金目銀目《きんめぎんめ》だ」
「金銀廟《きんぎんびょう》に祀ってあるのとそっくりだ」
 太郎はチロを追っかけました。
「チロ、チロ……おいで、チロ……」
 匪賊の首領はチロにひどく心を引かれたらしく、立ち上がってきてチロを捕まえようとしました。太郎はすばやくチロを胸に抱きあげました。
「いやだよ、これ、ぼくたちの大事な猫だよ」と、太郎は言いました。
「奇術《きじゅつ》の神様のお使いだよ。そまつにすると、ひどい罰があたるよ」
 首領《かしら》は座《ざ》に戻って、腕
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