をとりまきました。ほかのものは、叫び声をあげ、ひとかたまりになって、向こうの村へ進んでいきました。
 人のいないひっそりした村のようでしたが、村人達は家の中にひそんでいたのでしょう。そこへ、襲いかかったのです。そしてもう、激しい銃声《じゅうせい》がおこっていました。
 その遠い銃声を聞きながら、十人ばかりの匪賊《ひぞく》に囲まれて、キシさんと太郎とチヨ子は、馬車《ばしゃ》の中にじっと息をこらしていました。ただチロだけが、チヨ子の膝の上にきょとんとしています……。
 匪賊共は、馬車をとり巻いたまま、中のようすをうかがっていました。
 やがて、匪賊のひとりが声をかけました。
「お前達は、何者だ」
「ごらんのとおりのものです」と、キシさんが落ちつきはらって答えました。
 二、三人の匪賊が、そっと馬車の中をのぞきこんで、みんなのようすをじろじろ眺めました。
「ほほう、手品《てじな》か奇術《きじゅつ》でも使うのか」
「そうです、手品もやれば奇術もやります」
と、キシさんは言いました。
「あちこち旅してまわっているうちに、道に迷って、困っているとこです。どこか金もうけができるところへ案内してくださいませんか。手品や奇術にかけては、世界一の名人ですよ」
 匪賊たちはしばらく、互いに何か相談しあいました。
「よろしい。それでは、おれたちのところへ来い。おれたちはな、金銀廟《きんぎんびょう》の玄王《げんおう》の手下の者だ。安心してついて来るがいい」
 キシさんはもとより、太郎もチヨ子も、内心はっとしました。金銀廟の玄王……チヨ子の父、李伯将軍《りはくしょうぐん》キシさんの主人……その玄王をたずねて、苦しい長い旅をしてるのです。けれど、玄王は、匪賊にうち負けて、行くえがわからなくなっているとのことですし、今こやつたちは玄王《げんおう》の手下だと言っていますし、どうも不思議でなりません。
 キシさんは、太郎とチヨ子にめくばせしました。そして匪賊《ひぞく》たちに答えました。
「金銀廟《きんぎんびょう》の玄王……噂《うわさ》に聞いたことがあるようです。それでは、そこへ案内してください」
 匪賊が案内してくれるので、道に迷う心配はありませんでした。そのかわり、山坂になってる野原を駆け続けるので、つらい旅でした。そして二日目の夕方、金銀廟の城につきました。
 キシさんとチヨ子にとっては、なつかし
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