く、ただ平《たい》らな地面《じめん》が高い壁《かべ》に取り巻《ま》かれてるきりでした。王子は朝から夕方まで、この庭《にわ》の中に閉《と》じこめられまして、どこを見ても、自分があがれるような高いものは、なに一つありませんでした。そして、とうてい登《のぼ》れないほどの高い壁《かべ》が四方にあるだけ、なおさらつまらなくなりました。いろんな遊《あそ》びごとを皆《みな》から勧《すす》められても、王子は見|向《む》きもしませんでした。芝生《しばふ》の上に寝《ね》ころんで、ぼんやり日を過《すご》しました。
ある日も、王子は芝生《しばふ》の上に寝《ね》ころんで、向《むこ》うの高い壁《かべ》をぼんやり眺《なが》めていました。壁《かべ》の向《むこ》うには、青々とした山の頂《いただき》が覗《のぞ》いていました。その山の上には白い雲《くも》が浮《うか》んでいて、さらにその上|遠《とお》くに、大空が円《まる》くかぶさっていました。
「あの壁《かべ》の上にあがったら……、あの山にあがったら……、あの雲《くも》にあがったら……、そしてあの空の天井《てんじょう》の上に……」
王子は一人で空想《くうそう》にふけりながら、大空を眺《なが》めてるうちに、いつか、うっとりした気持《きもち》になって、うつらうつら眠《ねむ》りかけました。
誰《だれ》かが自分を呼《よ》ぶようなので、王子はふと眼《め》を開《ひら》きました。見ると、すぐ前に一人の老人《ろうじん》が立っていました。真黒《まっくろ》な帽子《ぼうし》をかぶり、真黒《まっくろ》な服《ふく》をつけ、真黒《まっくろ》な靴《くつ》をはき、手に曲《まが》りくねった杖《つえ》を持《も》っていました。顔《かお》には真白《まっしろ》な髯《ひげ》が生《は》えて、その間《あいだ》から大きな眼《め》が光っていました。
王子が眼《め》を覚《さま》したのを見て、老人《ろうじん》はハハハと声高《こわだか》く笑《わら》いました。王子は恐《おそ》れもしないで尋《たず》ねました。
「お前は誰《だれ》だ?」
老人《ろうじん》はまた笑《わら》っていいました。
「誰《だれ》でもいい。お前をためしにきた者だ。……わしがお前を高いところへつれて行ってやろう。わしと一|緒《しょ》にくるがいい」
「本当《ほんとう》に高い所へつれていってくれるのか、僕《ぼく》が望《のぞ》むだけ高いところへ?
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