も申しません。明日はよろしいんですね。では、明後日から実行致しますよ。」
はじめは、お母さまもお断りなすったが、あとでは、宜いとも悪いとも言わずに笑っていらした。
「お嬢さん、ちょっと紙きれと鉛筆を貸して下さい。」
それをわたしが持ってくると、彼は居所と氏名とを書きつけた。
「御疑念には及びません。こういう者です。」
彼の居所は、わたしの家から二キロばかり離れたところらしかった。彼が馬に乗って立ち去ると、お母さまは仰言った。
「この節は、ずいぶん風変りな人が出て来たねえ。だけど、春樹さんも、生きていたら、あんなかも知れないね。」
お母さまは頬笑んでいらしたが、わたしはなんだか不安な気がした。
彼――とはこれから言いにくいから、小野田さんと言うことにしよう――小野田さんは約束を守った。一日おきに、午前中、わたしの家に馬を駆けさしてきて、牧場前の茶店からの牛乳を届けてくれた。お母さまがいくら勧めても、決して家の中にあがることはなく、お茶一杯飲むこともなかった。馬上の牛乳配達、とわたしは冗談に言った。
ところが、ふしぎなことに、その馬上の牛乳配達の[#「牛乳配達の」は底本では「
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