わしながら、とうとう家の近くまで来てしまった。
「ついでに、お母さんにちょっとお目にかかっていきましょう。お願いしたいことがあるんです。」
 嫌だともわたしには答えられなかった。
 彼は馬がいるからと言って、家の中にははいらなかった。
 お母さまは、いつもおおまかでのんびりしていらっしゃる。馬の轡をとってる彼と、門の前で立ち話をしながら、始終にこにこしていらして、時々ほほほと低くお笑いなすった。彼は、さっきの橋の上の出来事を話し、嘗て中国でお兄さまと交際があったと言い、自分はこちらに避暑に来てるのだが、友人たちは東京に帰ってしまい、退屈のあまり馬ばかり乗り回してるのだが、ついては、ただ当もなく馬を駆けさせるのも倦き倦きするし、牧場の前の茶店まで牛乳を取りに行くことを、自分に任せては下さるまいかと、押しつけるように頼んでしまった。
「是非そうさせて下さい。そうすれば、お嬢さんも楽になるし、僕も気晴しになるし、馬も駆けがいがあるし、僕はあの茶店で、二合ずつ牛乳を飲んでくることにしましょう。但し、運賃を頂こうなんて失礼なことは申しませんし、また、こちらの牛乳代を僕がお払いするなんて失礼なこと
前へ 次へ
全26ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング