った。へんにつまらなくなった。魚が見えないからではなく、硝子の破片なんかあるからだ。
 わたしは橋を離れて、川の土手を歩いてみた。よいお天気で、陽光は暖く、川風は凉しかった。野原に出て、足を投げ出し、青空にくっきり浮き出してる山々を眺めた。
 ずいぶん時間がたったような気がした。遠くに馬の足音がした。知らん顔をしていてやった。
「おーい、おーい。」と馬上から呼ぶ。
 ほかに何とか呼び方もあろうに、と不満だったが、橋のところに戻って来た。
 彼は馬から降りて、満足そうに牛乳の一升瓶を見せたが、わたしには渡さなかった。
「その辺までお伴しましょう。」
 こんどは、いやに丁寧だ。わたしは少し戸惑った。ぶらぶら歩いた。彼はわたしと並び、手綱のあとから馬がついてくる。時々大きな鼻息をするのが気味わるく、虚勢を張らねばならなかった。
「お宅は、三浦さんと仰言るんですね。」
 わたしはびっくりして見返した。
「あの茶店で聞いてきたんです。すると、三浦春樹君の妹さんですね。」
「あら、兄を御存じでしたの。」
「亡くなられる前に、なんどもお逢いしたことがあります。あなたは秋子さんと仰言るんでしょう。どう
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