待ちなさい。馬で一駆け、代りを取って来てあげましょう。茶店になければ、牧場から取寄せて貰います。僕の粗相だから、賠償さして下さい。ここで待っていて下さいよ。決して怪しい者じゃありません。小野田達夫……。」ポケットを探った。「名刺をいま持っていませんが、小野田達夫という者です。この辺で待っていて下さい。すぐ戻ってきます。」
 藁編みの瓶容れをわたしの手から引ったくって、彼は馬に飛び乗ると、振り向きもせず遠ざかっていった。
 わたしは呆気に取られた。悪意はなさそうだが、ずいぶん勝手な人だ。待っていようか、それとも行ってしまおうか。考えながら、川の方へ眼を落すと、彼が蹴込んだ硝子の破片が水底にきらきら光っている。おかしくなった。それに、牛乳もやはりほしかった。特別に新鮮なのをと、あの茶店に頼んで、一日おきに一升ずつ取りに行ってるもので、手ぶらで帰ったら、お母さまは、殊に病気のお姉さまは、がっかりなさるだろう。わたしは待つことにきめた。
 橋の欄干によりかかって、川の底を覗いた。硝子が光っている。あの光りを見て、もしかすると、小魚が泳いでくるかも知れない。けれどいくら待っても、何にも出て来なか
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