たった。
「どなたか、お早く。」
叫び声なのだ。駆け出して行くと、お姉さまは広縁に倒れて、気を失っていらした。
お姉さまは意識を回復なさったが、まるで虚脱なさったみたいで、独りでは首もお挙げになれなかった。野島先生が来られて、注射をなさり、夜までついていて下すった。
お姉さまが倒れなさったところに、小型の写真が引き裂かれて、投げ捨ててあった。お姉さま自身の写真なのだ。
騒ぎが一先ず静まると、小野田さんは辞し去る時、わたしを庭の隅に呼んで、事情を簡単に話した。
小野田さんは戦地で、高須正治さんの戦友だった。高須正治さんは、お姉さまの恋人だったことを、わたしもうすうす知っている。高須さんは終戦間際に戦死する前、もう覚悟していたとみえ、小野田さんがもし生きて日本に帰ることがあったらと、お姉さまに伝言を頼んだ。愛も恋も一切白紙に還元して、別途な生き方をするようにとの切願だった。ついては、肌身離さず持ってた写真も返すとのこと。高須さんは日本の敗戦を察知していたらしいし、第一、戦争には不向きな性質だったと、小野田さんは言う。小野田さんは高須さんとの約束を果すため、帰還後、お姉さまの行方
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