なに長く走り続けるのをみると、軍馬にちがいない、とお姉さまはお言いなさる。まったく、お姉さまはすこし変だった。
 小野田さんはいつもの通り、勝手口へ来て、牛乳瓶をわたしに渡して、笑いながら言った。
「この牛乳は、馬くさくありませんよ。」
 わたしは返事に困った。よけいなことを覚えてるひとだ。お母さまが出ていらして、ほ、というような声をお立てになった。
「今日はお馬ではございませんのね。おあがり下さいませんか。」
 小野田さんはすぐ、玄関の方へ回り、座敷に通った。黙ってたのがわたしの罰で、忙しくなった。お母さまはいろいろな用をお言いつけなさる。まず煎茶とお菓子をだし、それから紅茶にウイスキーを添え、梨の皮をむき、やがてお吸物にお鮨。矢野さんの別荘番が折よく来ていて、自転車で使いに行ってくれたので、助かった。
 お母さまと小野田さんと、どんな応対をなさったか、わたしは知らない。ただ、口数は少いが、窮屈ではない、そんな雰囲気だったようだ。あとでは、お姉さまの病室の方も開け放しになっていて、お姉さまは広縁の方に出て、脇息にもたれて褥に座っていらした。小野田さんとも話をなさったに違いない。もう黙
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