みせると言った。わたしは前日に小野田さんのところへ行ったことを黙っていたのである。別に隠すつもりはなかったけれど、すっかり思惑ちがいになったことが、自分ながら惨めだったのだ。
お姉さまはじっとわたしの顔を見ていらしたが、ふいに、雷が鳴るまでここから発つのはやめたいと、子供のようなことをお言いなさる。この頃ちっとも雷が鳴らなかった。もし雷が鳴ったら、秋子さん、庭の木に落してね、と真面目にお言いなさる。雷が落ちた跡には穴があいて、穴の底に美しい珠が残っている、とそこまでは昔噺だが、その珠を見つければわたくしの病気も直るけれど、珠を見つけなければこの病気はとても直らぬ、などと、それが冗談らしくもないのである。
それからどういう話の続きか、わたしが席を立ってる間に、お母さまとお姉さまとは、小野田さんの馬はもと軍馬だったかどうかと、つまらぬことを長々と話しあっていらした。お母さまは、軍馬ではないだろうと仰言る。お姉さまは、軍馬だったろうと仰言る。明け方、あの馬が誰も乗せないで独りで、どこまでもどこまでも走ってゆくのが見えた。森をぬけ、谷を越え、山を登って、走ってゆくのがいつまでも見えた。あん
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