るのでもなさそうだ。わたしは口籠った。
「乗りたいんですけれど……。」
「そんなら、なにも、遠慮することはないでしょう。」
「でも、もう日がないんですもの。」
小野田さんは変な顔をした。
「実は、近いうちに、ここを引き上げることになっています。」
「みなさんで……。」
「ええ。東京に帰ります。」
小野田さんは眼をぱちりとさして、黙りこみ、やがて思い出したように、ブラシでまた馬を洗い始めた。
「そうですか。そんなら、明日にでもゆっくり伺いましょう。」
予期しない結果になった。わたしの初めの心づもりはもう崩れてしまっていた。どうでもよいと思った。わたしはすぐに辞し去った。
翌日の午後二時頃、小野田さんはやって来た、馬には乗らず、黒い背広服に派手な博多織のネクタイをしめ、牛乳の一升瓶を手にさげていた。いつも前回に空瓶を持って帰り、牛乳をつめて届けてくれることになってるのである。
小野田さんが来る前、午前中、ちょっと変なことがあった。お姉さまがまた、小野田さんの来かたが遅いのを気になさってる御様子なので、わたしは、遅くなってもきっといらっしゃると断言して、もし違ったら大雷を鳴らして
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