小野田さんはじろりとわたしを見て、ちょっと小首をかしげた。それから笑った。
「家の中より外の方がいいですとも。殊に僕なんか、あちらの洋間には住まずに、こちらに居候して、馬と同居だから。」
 小野田さんは丹念に馬を洗いながら、馬のことを話した。馬は犬よりも猫よりも、もっと人間になずみ、人間の気持ちが分り、人間に忠実であると、戦地の実例など挙げた。
「でも、匂いがしますでしょう。」とわたしは言ってやった。「こないだの牛乳も、馬くさかったようですの。」
「ほう、それは素晴らしい。そんな牛乳なら、僕も御馳走になりたかった。」
「馬くさい牛乳を飲んでいますと、馬の夢をよく見ます。眼がさめていても、馬の駆ける音が聞えたり、馬の鼻息が聞えたり、馬が迎えに来たり……。」
 小野田さんが馬の背に手を休めて、わたしの方をじっと見ているので、わたしは言いやめて、唇をかんだ。どうしてそんなことを言い出したのか、自分でもふしぎだった。
「それから、どんなことがありますか。」
 わたしはもう黙っていた。
「くわしく話してごらんなさい。」
「いいえ、それっきりです。」強く言った。
 小野田さんはしばし空を見上げ
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