た。
「ほう、秋子さんか。どうしたんです。」
わたしは恥しくなった。相手は半裸体なのだ。ただ微笑した。
「これは思いがけなかった。よく来ましたね。」
「ちょっと、通りかかったものですから……。」出たらめを言った。
「覗いてみたんですか。この通り、馬丁修業です。待って下さい、すぐ済むから。」
小野田さんは半裸体を少しも気にしていないらしいので、わたしも気にならなくなって、近くへ行った。それでも、白い胸の真中に黒い長い毛が粗らに生えてるのが、眼について、わたしは馬の方ばかり見た。
盥の水を馬の背や腹や足にかけて、大きなブラシでこするのである。栗色の毛並がつやつやと輝やくようで、見違えるように美しくなってゆく。馬は木に繋がれたまま、上唇をあげ鼻に皺よせ、ふふふと笑った。
「こいつ、あなたを覚えていて、笑ってますよ。なんしろ、駆けてる馬の鼻っ先に飛び出してくる、勇敢なお嬢さんだからな。」
どうも、いけない、とわたしは思った。気を許しては負けだ。大きく息をして言った。
「ただ、通りがかりにお寄りしただけですから、ゆっくりお洗い下さい。お家にはあがっておられませんの、あなたとおんなじに。」
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