いていた。ふと気が附くと松井は吃驚して村上の処へ行った。そして台があいた時二人で球を突いた。
その晩他の客が帰ると一緒に林も早く帰っていった。
村上と松井とは遅くまで球を突いた。訳の分らぬ感情が彼等を引きとめたのである。何か平衡を失したものが彼等の心の中に在った。おたか[#「たか」に傍点]の後に来た眼の細い白粉をつけた女がゲームを取った。
二人が其処を出たのは十二時近くであった。
風のない静かな晩だった。軒燈のまわりに静かな気が渦を巻いていた。凡てが今眠りにつこうとしている。そして物影がじっと沈んでいる。
「林は病気だって云うのかい。」と村上は尋ねた。
「そうだ。然し君、林は僕達よりずっと豪い人間のような気がするね。」
「いやにまた林が好きになったもんだね。」
「そうでもないがね。……然し君は一体ひどくなげやりな空想家だね。」
「そりゃあ君ほどの理想家じゃないよ。」
二人は黙々と歩いた。彼等の心にはそれぞれそれとも云えぬ空虚な傷があった。其処から次第に対象の分らぬ頼り無い憤懣の情が起って来た。
「此度はどうしてこう妙な気持ちになったんだろうね。」と松井は云った。
「女が豪いか
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