吹かした。後れ毛が頸筋に戦いていた。
 松井はふり返って女の姿をみた。
「一ゲーム御願いしましょうか。」と彼女は顧みて微笑んだ。
「ああ、」と松井はうっかり答えてしまった。球なんか別に突きたくはなかったのだが。
 それでも彼は大変当りがよかった。何だか気が軽々していたのである。
 丁度一ゲーム終ろうとする頃表の戸が開いた。林が笑顔をして立っているのが見られた。
おたか[#「たか」に傍点]は突棒《キュー》を捨てて立って行った。そして彼の手から帽子を取って釘に掛けた。
「お茶をお一つ。」と彼女は奥の方に呼ばわった。が何の返事もなかったので、彼女はも一度「お茶をお一つですよ。」と大きい声を出した。
「ああいますぐ。」と寝惚けた上さんの声が聞えた。
 林はずっとはいって来て不思議そうに煖炉の前に立ち留った。
「もう煖炉を焚くんですか。」と彼は云った。
「ええ今ね、」と云っておたか[#「たか」に傍点]は松井を見て卑しい笑顔を作った。「松井さんがずぶ濡れになっていらしたものですから、特別に焚いたんですよ。」
「もうそろそろ本当に焚きはじめてもいい時ですね。僕は火を見るのが大好きです。」
「ほんとに
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