笑を洩らすんだ。随分癪に障っちゃったよ。」
「それでやり込められたわけだね。」
「なにあべこべにやり込めてはやったんだがね。君がいう通り随分いやな婆だよ。」
「一体林とおたか[#「たか」に傍点]のことは確かなのかい。」と松井は尋ねた。
「多分間違はないよ。勿論おたか[#「たか」に傍点]の方から云やあ一時の撮み喰いにすぎないんだろうがね。」
 松井は黙って洋盃《コップ》を上げた。と村上も同時にぐっと一杯やった。
「それにね、」と村上は声を低くした。「林と云うなあ支那人じゃないかと思うんだがね。いやに黙りくさってにこにこばかりしていやがってね。りん[#「りん」に傍点]と読めば君よく支那にある名前じゃないか。どうもあの顔付が何だか変だよ。」
「そう云やあ、あの顔の工合なんかどうも本物らしいね。」
 もう二人共可なり酔っていた。瞳を据えて互の眼を見入りながら、彼等は何かある不吉なものを感じあった。それは言葉には現せないただ漠然としたものだったが、それが次第に色濃くなってゆくのを二人共意識していた。
「馬鹿な話だ。」
「馬鹿な話だ。」
 こう殆んど同時に二人は云った。
「ほんとに林は支那人かね。
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