二

 松井と村上とは相変らず球突場に通った。
 夜に電燈がともるとすぐに、広い室の青い瓦斯の光りが思い出せた。すうっと羅紗の上を滑ってゆく赤と白と四つの球が眼にちらついて来た。すると遠いなつかしい音をきくように、こーんこつ[#「こーんこつ」に傍点]という球音が響いてくる。そしてゲームを取るおたか[#「たか」に傍点]の透き通った声までが聞えるように思えた。
 松井と村上とは孰れからということなしに誘い合って球突場に行った。
 それは一種の惰性であった。然し惰性ならぬものが次第に彼等二人のまわりに、そして林やおたか[#「たか」に傍点]のまわりに絡まっていった。松井、村上、それと林とは、いつもよくおたか[#「たか」に傍点]の側に夜更しの競争をした。そのことが松井を苛ら苛らさした、村上を微笑ました、そして一層林を沈黙にさした。
 おたか[#「たか」に傍点]は時々二日三日と続けて家に居ないことがあった。その時は大抵林も姿を見せなかった。
 妙な暗示が松井と村上とに伝わった。
「留守見舞は余り気がきかなさすぎるね。」
 球突場を出ながら村上はこんなことを云った。
「僕はあの林が大嫌いだ。いやな
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